コスメティック白菊、商店街の活性化に取り組み挑戦し続ける化粧小間物店

週刊粧業 2015年2月2日号 7ページ

カンタンに言うと

コスメティック白菊、商店街の活性化に取り組み挑戦し続ける化粧小間物店
 コスメティック白菊は、小間物店として創業後、1950年に法人化し、化粧品販売を始めた。当時の面影を今でも残し、店内はファンシーグッズや婦人服なども数多く並び、「女性雑貨店」としての佇まいを維持している。

 同店が店舗を構える京成線沿線の立石地区は高齢化が進み、近隣では後継者難が後を絶たない状態という。その中で、行政と協力して地域を盛り上げ、商店街の活性化を図ろうとする動きもある。

 同店の社長で立石駅通り商店会の会長でもある大島泰正氏に話を伺った。

多店舗展開から1店集中型に回帰
「女性専用店」として小間物が充実

 同店が化粧品販売を開始したのは、大島社長の父親が店の経営の舵取りを任された約60年前のことだ。当初はまだ一般化粧品を扱っていたが、ちょうど小売店の安売り戦争に巻き込まれる形で同店も他店との競争のために値引きせざるを得なくなり、苦しい状態が続いたという。

 しかし、それでは化粧品が本来持つ魅力をお客に伝えられないと気づき、資生堂などの制度品ブランドを取り入れ、経営を安定させることができた。現在、化粧品では資生堂、コーセー、アルビオン、マックスファクターを扱い、値引きなどはせずに近隣のドラッグストアと対峙している。

 コスメティック白菊は過去、多店化していた時代があった。1970年にまずイトーヨーカドー高砂店、翌71年には同柏店と続けざまに出店し、その後京成線千葉中央駅のショッピングセンターや高根公団や綾瀬、立石の各駅付近の大型店に出店し、チェーン店化を進めていた。しかし、街の近代化とともに周辺にGMSやショッピングセンターが建設されると徐々に客足が減り、各店の撤退を始めた。2011年に路面店の本店のみを残してすべて撤退し、現在の1店舗集中経営に戻した。

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