はじめに
野球ファンならば「51」といえば、大リーグ・シアトルマリナーズのイチロー選手が頭に浮かぶ方が多いかもしれない。私の場合は、頭の隅にある化粧品原料リピジュア®(日油〈株〉製)の表示名称ポリクオタニウム「51」も浮かぶ。実はこの原料をリピジュア®として小分けしネット販売しているサイトをみつけた。目的は手作り化粧品材料としてそのサイトに「高級化粧品に配合されていることが多い(中略)効果が高い成分」と記載されていた。グリセリン、エタノール、精製水だけでなく手作り化粧品を目的とした原料販売は機能性原料まで広がっているようである(図1)。
昨年までの化粧品のマーケット状況は価格帯別に1000円以下と1万円以上は前年比で落込みが少ないが、2000円から5000円の中間価格帯が苦戦していた。この価格帯に見合った価値を提供できなければ愛用者は、安価か高級品にスイッチするシビアな世界であることを示している。さらにこれだけお金を掛けるのならば、自分に合った化粧品を自宅のキッチンで作ろうという気になるのも理解できる。先日私の妻がご近所から手作り石鹸を頂いた。そこで、今回は石鹸を中心に手作りについて考えてみる。
手作りの問題点1)
手作り石鹸は相変わらず一部では盛んなようである。家庭から出るてんぷら油などの廃油を使って、石鹸をつくろうというもので、油を排水溝に流さないので水を汚さないとして、各地の自治体が推奨したり、環境団体や婦人会、サークルなどで「環境にやさしい」というふれこみで広まった。廃油を加熱して、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)を入れてかき混ぜる、熱湯を注いでかき混ぜる、それを繰り返す、何日かおいて固める、という作業が一般的なようである。なかには、みかんやごはんのような有機物を加えるつくり方もあるようだが、比較的簡単にできるというので、子供会でやらせるところまで出てきた。
しかし、これには問題点がいくつもある。ややお節介な言い方で、その危険性などに注目してみる。
まず、第1に苛性ソーダは、皮膚に触れたりすると障害を残す恐れがあり、目に入ると失明の危険性もある劇物である。それを扱い慣れない人が、一般の家庭など設備や環境が整っていない場所で扱うことは、問題もある。制作過程は一見簡単なようだが、混ぜながら反応を促進するために、過剰の苛性ソーダを加えたりするので、未反応の苛性ソーダが残り、手荒れの原因になったりする。廃油を反応させるために使用する苛性ソーダは「毒物及び劇物取締法」で劇物に指定されている薬品で(購入の際、印鑑と身分証明書が必要)、取り扱いを誤ると、皮膚に触れた場合には「化学やけど」を起こしたり、目に入った場合には失明したりする恐れのあるものである。
第2に、これが決して環境にやさしくない。手作りであるがゆえに、品質には当然ばらつきが生ずる。滋賀県が行なった分析では、手作り石鹸が河川などの有機物汚濁分解のための微生物の消費酸素量BOD(Biochemical Oxygen Demandの略、生物化学的酸素要求量)は、市販の石鹸の2~3倍あったという結果を得て、環境面で注意を促していた。一方、兵庫県では、ばらつきはあるが市販石鹸と手作り石鹸の水中における有機物質濃度を有機性炭素に注目して分析するTOC(Total Organic Carbonの略、全有機体炭素)で比較すると、汚濁負荷量には大差がないと、自治体によって異なる見解を出していた。BODとTOCは数値が高いほど汚染度が高い。そこで、1994年に環境庁がある実験をし、その結果を発表している。
それは、手作り石鹸と設備の整ったミニプラント(小規模の量産設備)で造った市販の石鹸について、酸化される有機物などの物質がどのくらい含まれるかを消費される酸化剤の量を酸素の量に換算して示した値COD(Chemical Oxygen Demandの略、化学的酸素要求量)とBODの比較をしたもので、その結果は表1のようになった。いずれも数値は手作り石鹸が一番高く、環境に決して優しくはないようである。
第3に、てんぷらの廃油は、酸化したりして変質し刺激性物質が生じるなど、品質が不安定である。また、ごはんやミカンの皮を加えることなどは、そのまま有機物を環境に捨てて汚していることになってしまう。また石鹸をつくる際、使用する廃油の劣化状態、加える苛性ソーダの量などによって、出来上がりの品質に差が生じやすく、アルカリ度が高く皮膚への刺激性の強い石鹸になる可能性もある。こうしたことからも、薬品の取り扱いについての知識や経験のある人の監督の下に、また十分な設備が整っている場所で行なわない限り、安易に石鹸を手作りしたり、ましてそれを人に提供したりすることは、控えた方がよいかもしれない。
島田邦男
琉球ボーテ(株) 代表取締役
1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数
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