第12回 ヒットではなくヒトのきっと

はじめに

 『韓流』ブームを背景に韓国化粧品の人気が伸びている。日経産業地域研究所が東京・新大久保地区の女性に韓国化粧品のイメージ調査をしたところ、複数回答で首位「低価格」56.6%、「美容・健康によい」39.5%、「個性がある」28.9%となった。

 カタツムリなど個性的なアイテムの誕生を、宣伝力が弱い日本の中小メーカーも真撃に学んでいいのではないだろうか。今回はヒット商品をどうしたら誕生させることができるのかを考えてみたい。

ヒット商品の世界

 宝島社の40代女性誌『GLOW』発刊のキャッチコピーは、「アラフォーって呼ばないで。私たちは、40代女子です」だった。かつて女性は「クリスマスケーキ」と言われていた。「24まではよく売れるが25過ぎたら売れ残る」と......そこへ満を持して登場した単語が「女子」である。

 多品種少量の最近の出版界で、この一語により女性は完全に年齢から開放され、明るい響き"女子力UP"で、本誌は同世代誌の中で発行部数トップになった。なにしろ20歳だろうが50歳だろうが好きに生きる女子なのだから。『女子会と 聞いて覗けば 六十代』とは第25回サラリーマン川柳コンクール(第一生命保険)の作品である。「還暦女子」、いや「米寿女子」が現れるのも時間の問題である。

 私は以前「ヒット商品はどうしたら生まれるのか?」と、フジテレビ取締役亀山千広氏に聞いたことがある。氏は映画『踊る大捜査線』など数々のヒットを生んだ名プロデューサーである。私の問いに「どうしたらヒットするかって......仮にわかっていてもここでは言わないナ」が氏の答えであった。ヒット商品を生む答えは一つではない。商品の作り手が探っていかなければいけないのは、マーケット調査などでは上がってこない消費者の"無意識の世界"であると、この時に直感した。つまり「言わない」ではなく「言えない」のである。

 会議で「全員が賛成したら企画はボツにしろ、全員が反対したらGOだ!」と、よく言われるのもそのことである。賛成というのは、どこかで聞いたという安心感からで、反対というのは聞いたことがない不安からである場合が多い。安心ではヒット商品は生まれない、不安の中にこそヒットする芽があるというのが原点である。社員の提案を重役たち全員が反対したが、社長がGOサインを出して大ヒットしたというのはよく聞く話である。長い会議の中で議論を積上げて論理的整合性の中でねらって売れるものではない。消費者自身が気づいていない無意識の世界をどうやってつかまえるか、これこそがヒットを生むことができる奴の仕事だと言いたくなるが、その方法は私にもわからない。

生き物の視点

 そもそもマーケットや情報分析をする私たちの目や脳とは、どうなっているのかを考えてみたい。図1をご覧頂きたい。

C&T-第12回-図1.jpg

(図1 「スカイツリー」から5文字をプログラムで選択した錯視の文字列)

 水平な文字が右下がりや右上がりに見える錯視を起す文字配列をみつけるプログラムを東京大学新井教授らが開発した。目で捉えた情報を脳がどのように処理しているか、数式を使っておおまかにコンピューターで再現し、錯視の法則を突き止めた。横方向の線の高さが低くなるように並べると右下がりの文字列を作成することだけでなく、横方向の線がない文字でも傾斜文字列ができる。またどんなフォントでも錯視を起す文字列もできる。

 このように私たちは普通、眼に入った光がそのまま見えているという風に考えてしまう。しかし、実際に見えている世界は無自覚のうちに情報処理され、編集・加工された後の世界である。わかりやすい例が色である。以前この連載で、色は光の物理的な性質ではなく光波長の間隔の長さという量的な違いにあると述べた1)。

 私たちの眼の奥にある網膜は視細胞という光を感じる細胞が敷き詰められている。視細胞は主に暗いところで光を感じる桿体細胞と色の感覚に関係する錐体細胞に分かれる。錐体細胞は光の波長そのものを感じるわけではなく、赤、緑、青という光の3原色に対応した光だけを感じるように出来ている。それらの情報が脳に伝わり、情報処理された結果、私たちは色という感覚が生じる。私たちのカラフルな世界は、物理的世界そのものではなく、ヒトと生き物が得られる特定の情報をもとに独自に描き出した世界とも言える。

 そもそも他の生き物は、色を識別することができるのだろうか。驚くべきことに蝶や蜂などの昆虫や多くの生き物が、ヒトには見えない紫外線という光を感じる視細胞を持っていることが明らかなっている(図2)。
C&T-第12回-図2.jpg

(図2 可視光(左)と紫外線(右)写真 昆虫にとって可視光以上にわかりやすい?)

 紫外線の色をヒトはみることができないので、紫外線の混ざった赤や青は想像できない。事実、ヒトには同じ白色に見えるモンシロチョウでも、実は雌雄で紫外線の反射率が異なっている。4原色というヒトの理解を超え、アゲハチョウは5原色、生き物によってはそれ以上の原色数で世界を見ているかもしれない。

 反対に哺乳類の祖先は夜間に行動することが多く、暗い環境でも見えるような色の識別より光の感度を高めることを優先して進化した。そのためほとんどが2原色の世界しかもっていないと考えられている。しかし、コウモリのように色ではなく音で世界を「見る」ことができる生き物もある。日本の都市部にも数多く生息する昆虫食のコウモリは、超音波を使って周囲の障害物や、獲物となる蛾などの昆虫を探知する。眼を人為的にふさいでもきちんと障害物を避けて飛び回ることができる。暗闇に適応した彼らが独自に描いている世界もまた、ヒトからは想像できない世界である2)。

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島田邦男

琉球ボーテ(株) 代表取締役

1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数

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