第45回 鬼滅ではなく決める

【C&T2021年1月号7面にて掲載】

はじめに

 大正時代を舞台に主人公が鬼と化した妹を人間に戻す方法を探すために、戦う姿を描いているアニメ「鬼滅の刃」が大ヒットしている(図1)



 シリーズ累計発行部数は単行本22巻の発売時点で1億部を突破した。いつの間にか鬼滅世界にのめり込んでしまった方も多いのではないだろうか。

 しかし、初版300万部の社会現象と言われるほど人気が出ても、はっきりとした原因は「プロでもわからん?」と言われている。それはきっと1つではないからなのではないだろうか。

 次元はまったく異なるが、アトピー性皮膚炎も複数の発症原因をもっている。当事者にとっては悩ましいスキントラブルの1つだ。敏感肌コスメの使用すらできないほど、ずっと苦しんでいる女性もいた。

 肌に関する製品を扱っている職業の私たちが、鬼を滅する「鬼滅」ではなく、病を治すと「決める」ための正しい情報を持つことこそ大切だと思い、今回は筆をおこしてみたい。


アトピーとは

 そもそもアトピー(atopy)とは、「奇妙な」という意味のギリシャ語atopiaに由来する。

 生まれつき、特定の物質を抗原として感じやすく、過敏症を起こす傾向をいう。医学用語としては、気管支喘息、花粉症など鼻炎のアレルギー疾患にも冠されることがある。 その内の皮膚炎(湿疹)がアトピー性皮膚炎となる。

 一般的に、乳幼児期から小児期にかけて発症するアトピー性皮膚炎は、乳児は6~32%、幼児でも5~27%の有病率と推定され、全体的には加齢とともに患者数は減少する傾向にある。しかし、成人でも1割弱の頻度の高い疾患である。

 乳幼児期に発症し、成長とともに治っていく傾向があっても、大人になるまで続くことや、1度治った人が再発することもあり、再発した場合は治りにくいといわれている。

 頭や顔などから始まることが多く、次第に全身に拡大し特に首や脇の下、肘や膝の内側などこすれやすい部分で目立つようになる。



 炎症により痒みを掻くと湿疹が悪化する循環(図2)で、皮膚バリア機能が傷つくと、とびひ、ヘルペスなど皮膚の感染症心内膜炎、化膿性脊髄炎など、重症の細菌感染症のリスクも高くなる。

複雑な原因

 アトピー性皮膚炎の原因は、バリア機能が弱いという「皮膚の素質」と「アレルギー体質」という2つの遺伝的体質に、3つ目の「環境の因子」が刺激を与えて起きると考えられる。

 皮膚の素質はそのバリア機能が弱いと、皮膚の乾燥や外からの刺激に対して炎症を起こしやすくなる。

 アレルギー体質とは、アレルギーの原因物質(アレルゲン)に対してIgE抗体を作りやすい体質だが、細胞が出すタンパク質(サイトカイン)の白血球の一種(Th2リンパ球)が活発に働き過ぎてしまう体質だ。

 そのため、単なるアレルギー反応の疾患ではなく2つの遺伝的素因と環境の因子が、ほどけない紐のように絡んでいるため、その症状の程度悪化因子も人によって異なる。

 皮膚科の診断は、症状が乳幼児は2カ月以上、その他の場合は6カ月以上の慢性であるかどうか、かつ反復しているかどうかを確認してアトピーの診断とされる。

3つの治療と製剤、療法

 アトピー性皮膚炎の治療の基本はスキンケア、薬物治療、悪化因子の対策の3つがある。

 スキンケア:角質層の中の水分量が低下している乾燥肌を、皮膚を傷つけるゴシゴシ洗いをせず、石鹸などの過度な使用で乾燥を悪化させないようにする。

 シャワーよりも38~40℃のぬるめの入浴をゆっくりして、入浴直後の保湿外用剤に効果的なものを使用する。



 薬物療法:炎症を抑えるための重要な薬剤はステロイド外用剤である。一般に表1に示す5段階にランク分けされており、重症度に見合ったランクの薬剤を使用する。

 症状が治まってきたら徐々にステロイド外用剤の間隔を空け、顔面などの敏感な部分は免疫調整剤である「タクロリムス軟膏」に移行するなどメリハリの利いた使用をする。

 悪性因子の対策:ダニや花粉、ペットの毛などの環境アレルゲンが悪化因子であれば除去する。そしてバランスの良い食生活を心掛け、十分な睡眠時間をとる規則正しい生活をする。

 適度な運動による発汗は、皮膚の保湿に良いとされるが、かいた汗は放置せずに、シャワーやお湯を絞ったタオルで拭くようにする。

 また、ストレスもアトピー性皮膚炎の悪化に関連があるといわれており、持続的なストレスがあるときは対策を検討する。

 以上、これらの症状の程度に合わせて、日常生活に支障がない状態を維持することを目指す。

 2018年4月には、バイオ製剤である「デュピルマブ」が発売され、これまでの治療で症状がコントロールできなかった重症例で大きな効果を発揮している。



 図3に示すように、前述の白血球の一種Th2細胞が産生する「IL-4」と「IL-13」の結合する受容体の「IL-4受容体α(IL-4Rα)」を特異的に阻害する完全ヒト化モノクローナル抗体薬である。

 また、再発を繰り返す湿疹に対しては「プロアクティブ療法」が行われている。これは、症状が出た時だけに外用する「リアクティブ療法」に対し、炎症を軽快して、一見、正常に見える状態でもしばらく外用を続ける治療である。

 この治療効果の1つの目安として、炎症物質のタンパク質の値(TARC値)を血液検査で調べ、参考にして正確に治療を進める。

 きちんとした治療を行えば、なかなか治らない患者でも2~4週間で症状の初期コントロールが可能になるという。

 適切な治療で症状をコントロールすることが、最終的に薬剤をほとんど使わなくても安定した皮膚を保つことができる寛解への早道なのだろう。

おわりに

 「アンコンシャス・バイアス」という言葉をご存知だろうか?ビジネス雑誌やさまざまなメディアで取り上げられ注目を集めている。

 無意識の偏見、つまり自分自身が気づいていないものの見方や捉え方のゆがみ・偏りをいうらしい。考える以前に瞬時にかつ無意識に起こる知的連想プロセスの1つであり、高速思考になるらしい。

 今回取り上げたアトピー性皮膚炎についても、治りにくいや治らないと諦めていないだろうか。ドラッグストアで外用剤を探すだけではなく、まずは病気なのだから早めに専門医の診断を受け、適切な治療法を開始することをお勧めしたい。


参考文献
1)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E6%BB%85%E3%81%AE%E5%88%83#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Kimetsu_no_Yaiba_logo.svg(2020年10月17日アクセス)
2)https://www.daiichisankyo-hc.co.jp/health/symptom/32_atopy/(同)
3)https://www.daiichisankyo-hc.co.jp/site_hifuken/qa/class_steroid/(同)
4)https://medicalcampus.jp/di/archives/1360(同)
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島田邦男

琉球ボーテ(株) 代表取締役

1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数

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