第47回 商品ではなく会社

【C&T2021年7月号6面にて掲載】

はじめに

 台湾の鴻海精密工業(フォックスコン・テクノロジー・グループ)傘下の電機メーカー・シャープの社名は、「シャープペンシル」に由来していたことをご存じだろうか。

 1915年(大正4年)に金属文具の製作技術の研究改良を進め、金属性の繰り出し鉛筆を発明した。さらに改良を重ね、1916年(大正5年)にエバー・レディー・シャープペンシルと名づけて一世を風靡し、これが社名および商標である“シャープ”の由来となった。

 商品名が会社名に由来する例は他にもある。これまで、化粧品が売れる売れないはブランド力であるともいわれて、多大な販促費で華やかな広告に目を奪われてきた。

 この業界では、さらにヒットしたブランドがそのまま社名に変わることだってある。今回はその例を紹介してみたい。



マンダム

 戦前に、大阪にある男性用化粧品会社の丹頂が、スティック状で使う分だけ押し出して塗って髪を整える「丹頂チック」(図)を発売し、爆発的なヒットを記録しロングセラーとなった。

 しかし、1963年(昭和38年)に資生堂からシリーズ型男性用化粧品の先駆けとなる「MG5(エムジーファイブ)」が発売されると、一転してシェアは低下し、一時は倒産の危機に直面した。

 そこで社運を賭して新ブランドを発売する(図)。その時の経営陣は必死だったと思う。

 オンエアされたTVCMに、当時の大阪電通が日本で初めてハリウッドスターを起用した。といっても主役の経験がなかったチャールズ・ブロンソン(Charles Bronson、1921-2003)で、彼にとっても映画宣伝にも使えると破格に安い1000万円で契約した。



 演出は映画監督になる前の大林宜彦氏(1938-2020)が、西部劇の聖地モニュメントバレーで撮影した。

 反対を押し切って彼を起用した大林監督は、「控え室で、生やしはじめた髭を気にして手で撫でていた彼の仕草を見てひらめいた」という「う~ん、マンダム」。一世を風靡して当時の小学生までが、生えてもいないアゴをどれだけさすったことか。草食男子と呼ばれるなんて想像もしていない頃、「男の体臭」と言い切った。ブロンソンの野性的な顔立ち、雰囲気を120%引き出した映像に仕上げた。

 昨年4月に亡くなった大林監督の追悼で、西村元延氏(現・マンダム(株)代表取締役会長)は「わが社の経営危機を救っていただいた」と述べている。

 そしてCMに使われた音楽も、特に売れていたわけではないカントリー&ポップスシンガーのジェリー・ウォレス(Jerry Wallace、1928-2008)の「男の世界」(後に「マンダム~男の世界」)がオリコン1位となり、130万枚を記録している。

 丹頂は倒産寸前の窮地から復活を遂げると、1971年(昭和46年)にマンダムへと社名変更したのである3)
 「mandom」とは、“Man Domain”(男の領域)の略だが、1984年に女性化粧品事業へ参入するのに伴い現在は“Human& Freedom”の略としている。



ロレアル

 世界にもブランドがそのまま社名になった会社はある。フランスに本部がある世界最大の化粧品会社、ロレアルだ。

 1907年に化学者ウジェーヌ・シューラー(Eugene Schueller、1881-1957)によって創業し、フランス無害染毛株式会社(Société Française de Teintures Inoffensives pour Cheveux)という長い社名だった。



 髪の傷みを防ぎ、安全性が高く仕上がりが安定なヘアカラーを開発し、ロレアルドールと呼ばれるブロンドの髪にさらに自然な外観を与えた髪を明るくする製品を発表した。その製品に「オレアル(Auréole)」と名づけた(図)。「天使の輪」という意味がある。長く美しいストレートヘアに光が当たったときにできる輪のことである。

 「オレアル」という名前は、フランス語の「aurum」の造語で「後光、後輪」の意味がある。また、ラテン語で「金」を意味する「aurum」が含まれていて、当時パリジェンヌの間で流行していた金髪を美しく染め上げる自身作だった。創業から14年後、同社は正式にロレアル(L'OREAL)に社名を変更した6)

 ちなみにこのシューラーの唯一の娘であるリリアンヌ・ベタンクール(Liliane Bettencourt、1922-2017)が4年前の9月20日、自宅で死去した。94歳で世界一裕福な女性として知られていた。「フォーブス(FORBES)」によると、彼女の資産は446億ドル(約4兆9500億円)で、世界の長者番付では14位だった。

おわりに

 私の住んでいる沖縄の本島最南端になる糸満市には、沖縄戦の戦跡もあり訪れる観光客も多い。

 この糸満の地名の由来に、むかし英国船が座礁して乗組員8人が当地の洞窟に住みつき、「エイトマン」が「イトマン」になったという説がある。もちろん異説はある。地名にはそうした忘れられない事実から生まれることもある。

 社長に世襲制が多い業界だが、なぜか日本では創業者名が会社名になることは少ない。では、1つのブランドから社名が生まれる意味や、そこに込められたその会社の経営陣たちの思いとはなんだろうか。

 会社にとってヒット商品を忘れることができない事実である。その時代に消費され成功したからこそ広く知られたブランド名を社名に使い、その会社のアイデンティティーとして次の発展や創生のステップにしようと考えたのかもしれない。

 参考文献
1)株式会社マンダム|商品・ブランド情報|マンダム ヘアトニック <大> (mandom.co.jp)(2021/4/27アクセス)
2)大林宣彦 - Wikipedia(同)
3)マンダム - Wikipedia(同)
4)A Century of Leadership: CEOs of L'Oreal | GSHUYUAN (wordpress.com) (同)
5)HISTORY|公式サイト|ロレアルプロフェッショナル (loreal-professionnel.jp) (同)
6)https://www.thefineryreport.com/articles/2019/10/3/loreal-acquisition(同)
7)https://www.bitsuhan.com/shop/g/g00047107/(同)
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島田邦男

琉球ボーテ(株) 代表取締役

1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数

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