第60回 神頼みではなく髪を知る

はじめに

 西暦3300年に日本の人口はゼロになる? という話がある。その真偽はともかく、厚労省も2070年には総人口が9000万人を割り込むと推計している。人口だけではない。団塊の世代が全て75歳となる明年には、全人口の約18%が75歳以上となるらしい。日本の少子高齢化の動きは継続しており、化粧品業界もますますシニア向け化粧品に力を入れていくことが予想される。

 エイジング変化は肌だけではない。年齢に伴って髪悩みも増えていくため、髪のエイジングケアも必要だ。

 神に助けを求める「苦しいときの神頼み」ではなく、今回はまず加齢による「髪を知る」ことを述べてみる。


加齢変化

 毛の数は全身で500万本、頭毛で10万本といわれ、ヒトは1日に50~100本が抜ける。1年の中で抜け毛が最も多くなるのは秋。逆に一番抜け毛の少ないのは春で、その差は3倍だ。なぜ秋になると抜け毛が増えるのか、それは夏に受けたダメージによるものらしい。年間だけではなく髪はそのヒトの一生、つまり加齢とともに変化する。

 花王の報告(図1)によると、加齢による髪の変化は個人差が大きいが、日本人女性は30代ごろから、生えてくる髪が変わったと感じるようになる。

 30代前半までに「傷んでいる」「パサつく」「量が多い」「広がる」といった悩みが上位なり、40歳頃から髪質の変化を多くの人が感じる。髪の老化を感じるのは42歳という説もある。「白髪」の悩みが1位になり、毛量が減少し、若い頃の「量が多くて」「広がる」悩みが気にならなくなる。うねり毛の割合が10~20代の頃より増え、白髪が気になることによりカラーリング頻度が増加し始め、毛流れが揃いにくくなって、まとまりにくくパサつきやすく、若い頃よりツヤがない、と感じる悩みにつながっていると考えられる。

 50代半ば頃から、髪の太さ、ハリコシ、髪の本数が徐々に減少し続けて、「髪がぺちゃんとなる」「分け目が目立つ」などが上位になり、「抜け毛」「量が少ない」などの悩みも順位が上がる。「白髪」量が増大するとともに、ボリュームが出ない、持続しない悩みが深刻化する。


シニア毛

 それまではあまり気にならなかった鼻や耳、眉などの毛が、大体40歳前後から長く伸び続けてしまう現象のことをメンズエステでは「シニア毛」という。

 原因は、加齢(老化)に伴い細胞組織が衰え、毛が生え変わる期間(毛周期)が長くなるため、一定の長さになると抜け落ちるはずの毛が伸び続けてしまうからだと考えられる。

 本来、毛髪は一定の長さになると自然に抜け落ちて生え変わる。しかし、毛根にある「毛母細胞」が加齢で衰えると毛周期が長くなり、以前は産毛のうちに抜けていた毛が太く濃く成長して目立つようになる。

 50代以上では、半数以上の方が自身の耳毛を気にしていることが分かる(図2)。また、耳毛を気にしている方の中で、実際に耳毛処理をしている方は、各年代共に過半数を占めるほど多い。予防できず生えてから対処するしかないため、自己処理するに最も適しているのは毛抜きなどではなく、電気シェーバーで「肌を傷つけないように優しく当てる」ことを勧める(図3)




質量顕微鏡

 図4の上の段は従来の顕微鏡による断面像で、下の段は質量顕微鏡法で検出された分子のうちの1つであるアミノアクリル酸の像だ。赤い点はアミノアクリル酸が多かった部分で、青や黒の点は少なかった部分が検出された。

 年をとるにつれてどのような分子の変化が起こるのかを、メデュラやコルテックスを区別しながら調べた研究もある。

 毛髪の断面の中にある分子がどのように分布しているかを、質量顕微鏡法という手法を使って調べた。質量顕微鏡は浜松医科大学・瀬藤光利教授のグループが島津製作所と共同して開発した新しいタイプの顕微鏡だ(図4)。質量顕微鏡法を使うことで、何百もの分子について、髪の毛の断面中でそれらがどのように分布しているかを一度に知ることができる。さらに、質量顕微鏡法は、髪の毛のメデュラとコルテックスという、とても細かい部分の違いを区別できる。


 研究グループはこの方法を使い、20歳前後の人間の髪の毛と50歳前後の人間の髪の毛を比べた(図5)。その結果、数多くの分子の中で、ホスフォエタノールアミンという分子が加齢にともなって増えることを示した。またその一方で、ジヒドロウラシルとDHMA(3,4-ジヒドロキシマンデル酸)という分子が加齢に伴って減ることがわかった。これらの分子の量は、メデュラでは変化しておらずコルテックスで変化していた。

 減る分子として見つかったジヒドロウラシルとDHMAは油としての性質を持っており、シャンプーやコンディショナーにこれらを混ぜて補うことで、加齢による髪の毛の変化を抑えられる可能性がある。さらに分子がどうして増えたり減ったりしているのかを明らかにすることができれば、加齢に伴って髪の毛が痛んでいくことの仕組みがより明らかになる。体の中で起こっていることは髪の毛の中に反映され、体全体の老化の仕組みを明らかにすることにつながるかが期待される。


おわりに

 髪全体の90~95%が、ヘアサイクル(毛周期)の中にあり、残りの5~10%は活動を休んでいる。しかし、年齢を重ねると、周期の変化で活動中の髪の数が徐々に少なくなり、休息中の髪が増えていく。特に女性は更年期以降になると、85%ぐらいしか活動しなくなってくるため、髪全体の密度が少なくなってくる(図6)

 でも、人はいくつになっても「きれいでありたい」と思うものである。しかし高齢になって病気や介護などがきっかけとなり、美容に対する意識や興味が薄れてしまう方は多いかもしれない。

 高齢になるにつれ、ヘアケア美容から遠ざかってしまうのは仕方のないことかもしれないが、高齢者にとっても美容を楽しむことは、QOL(Quality of Life=生活の質)を維持・向上できる効果があることが、過去に行われた研究によって明らかになっている6)。化粧には、見た目をきれいにするだけでなく、気持ちを明るくするなど、精神的にも良い影響を与える効果がある。この効果を活用したのが化粧療法だと私も思う。

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島田邦男

琉球ボーテ(株) 代表取締役

1955年東京生まれ 工学博士 大分大学大学院工学研究科卒業、化粧品会社勤務を経て日油㈱を2014年退職。 日本化粧品技術者会東京支部常議員、日本油化学会関東支部副支部長、日中化粧品国際交流協会専門家委員、東京農業大学客員教授。 日油筑波研究所でグループリーダーとしてリン脂質ポリマーの評価研究を実施。 日本油化学会エディター賞受賞。経済産業省 特許出願技術動向調査委員を歴任。 主な著書に 「Nanotechnology for Producing Novel Cosmetics in Japan」((株)シーエムシー出版) 「Formulas,Ingredients and Production of Cosmetics」(Springer-Veriag GmbH) 他多数

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