花王安全性評価研究所は、洗濯後の衣類に発生する雑巾様臭の原因である4‐メチル‐3‐ヘキセン酸(4M3H)の発生原因となる微生物を初めて分離・同定することに成功した。
研究内容の一部は、日本農芸化学会2011年度大会(2011年3月5日、学会要旨集)にて発表済みで、今回の成果は、新しい衣料洗浄技術の開発に応用していく。
一般家庭から雑巾様臭を有する衣類を入手し解析した結果、この微生物はモラクセラ菌と呼ばれる2連短桿菌で、洗濯後も衣類に残り、衣類の使用中や衣類の保存中に強い雑巾様臭を発生させること、このモラクセラ菌は保管中の衣類だけではなく、家庭内の様々な場所にも存在していることがわかった。これにより、悪臭の発生防止には、汚れだけでなく、モラクセラ菌を除去することが大切であることが示された。
洗濯後も衣類の気になる臭いはいろいろあるが、特に、一般に生乾き臭と呼ばれる雑巾様臭は、よく洗ったにもかかわらず、使用し始めるとすぐ発生する不快な臭いとして多くの消費者に認識され、2007年に実施した消費者の洗濯における臭いの調査において、およそ70%の人が洗濯しても衣類に臭いが残るという経験があることが判明している。(花王調査、2007年7月、主婦110名)
同社は、これまでに、この雑巾様臭のキーとなる成分が脂肪酸の一種の4M3Hで、微量でも非常に強い悪臭として感じられることを日本農芸化学会2010年度大会にて報告し、その発生原因は、衣類に付着している微生物によるものと推測していたが、その存在は確認されていなかった。
そこで研究では、4M3Hを生成する原因微生物を分離して種を同定することを目的に、実際のタオルに付着していたさまざまな菌の分離同定、生活環境における原因菌の分布を調査した。
一般家庭から、雑巾様臭を有するTシャツやタオル類などの衣類19枚を入手し、付着している微生物を抽出し、寒天培地上に培養し分離した。そして分離した菌株について、形成されたコロニーの色や形、およびオキシダーゼ活性などの生化学的性状によりグループに分けた。
次に、それぞれのグループの代表的な菌株を滅菌した中古タオルに接種して加湿条件下で培養した。その結果、特定のグループの菌を接種したタオルでのみ、4M3Hが大量に生成され、臭いの官能評価においても強い雑巾様臭が発生することが確認された。このグループに分けられる菌が衣類サンプルから高頻度で数多く分離されたこととあわせて、この菌種が雑巾様臭の原因となる微生物であると特定した。
4M3Hが発生する原因となる菌の同定を、愛知学院大学薬学部・河村好章教授の指導のもとで行ったところ、原因となる微生物は、乳白色のコロニーを形成するグラム陰性の2連短桿菌だった。さらに、16SrRNA遺伝子の塩基配列を基にした系統樹解析を行った結果、モラクセラ オスロエンシスと同じクラスター(群)に含まれることが分かった。
基準株とのDNA‐DNAハイブリダイゼーション試験(染色体DNAの相同性の測定)、DNAの塩基組成分析(G(グアニン)とC(シトシン)という塩基の含有量の測定)、脂肪酸組成分析(細胞膜に含まれる脂肪酸種の解析)も行い、雑巾様臭の原因となる微生物は、モラクセラ オスロエンシス(Moraxella osloensis、モラクセラ菌)であると同定した。
モラクセラ菌は、これまで人や動物の日和見感染菌であることが知られていたが、研究では、家庭から回収した中古タオルのほとんどにモラクセラ菌が数多く付着していること、また、国内各地の家庭内のさまざまな場所にも存在していることも確認できた。
このことから、モラクセラ菌はこれまで分離源として報告のなかった身近な生活環境に高い確率で存在し、洗濯後も衣類に残り、雑巾様臭の生成に深く係わっていたことが初めて明らかになった。これにより、洗濯時には汚れだけでなく、このモラクセラ菌を効率的に除去することが大切だということが示唆された。