花王は、今年5月に学校法人北里研究所、Epsilon Molecular Engineering(EME)との共同研究で、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して感染抑制能(中和能)を有する「VHH抗体」の取得に成功しているが、今回、慶應義塾大学医学部 坂口光洋記念講座(オルガノイド医学)と同内科学教室(呼吸器)、生理学研究所が参加した研究チームは、ハムスターモデルにて、VHH抗体を経鼻投与することにより、肺におけるウイルス増殖を抑制できることを明らかにした。
また、マイクロ臓器とも言われるヒト肺胞オルガノイドを用いた実験でも、その効果を確認することができた。さらに、新型コロナウイルススパイク蛋白質とVHH抗体の結合様式をクライオ電子顕微鏡による解析によって明らかにした。
これらの結果は、2020年5月に取得したVHH抗体が新型コロナウイルス感染症の治療薬になり得る可能性を示しただけでなく、経鼻投与という新たな投与方法による治療の可能性を示した成果であり、新型コロナウイルス感染症治療法の選択肢を広げることにつながる。同研究成果は、米国科学雑誌「PLOS Pathogens」で公開された。
現在、日本においては重症入院症例が減少傾向にあるが、ワクチン接種だけでは新型コロナウイルス感染症の克服に十分とはいえない。我々が安全で健康な生活ができるようになるには、予防薬であるワクチンだけでなく、新型コロナウイルス感染症に特化した治療薬の開発も必要だ。
北里大学、EME、花王の3者は、2020年5月に新型コロナウイルスに対して感染抑制能を有するVHH抗体を取得することに成功している。さらに、取得したVHH抗体の作用機序の解明や新型コロナウイルス感染症治療薬としての可能性を検証するため、生理学研究所、北里大学、花王と共同研究を行っている慶應義塾大学医学部とともに研究を実施した。
同研究グループは、新型コロナウイルス (KUH003: Accession number LC630936)に感染させたシリアンハムスターを対象として独立した4群のVHH抗体経鼻投与試験を設定し、グループ1(VHH抗体非投与群、プラセボ2回投与群)、グループ2(VHH抗体投与群-1回投与:感染直前)、グループ3(VHH抗体投与群-1回投与:感染1日後)、グループ4(VHH抗体投与群-2回投与:感染1~2日後)のシリアンハムスターの体重変動と肺におけるウイルス量の比較を行った。
実験の結果、VHH抗体を投与しなかったグループ1のみ体重の減少が確認された。新型コロナウイルスに感染したシリアンハムスターは体重減少の症状がみられることが知られているため、VHH抗体を投与したグループ2、3、4は新型コロナウイルスの感染によって引き起こされる症状を緩和したことが確認された。
また、肺におけるウイルス量を測定したところ、VHH抗体を投与しなかったグループ1と比較して、VHH抗体を投与したグループ2、3ではウイルス量が少ないことが確認された。これはVHH抗体が新型コロナウイルスの増殖を抑制したことを示し、VHH抗体による新型コロナウイルスの増殖抑制効果によりシリアンハムスターの体重減少の抑制につながったと考えられた。
「ハムスターモデルを用いた研究成果から、当社の取得したVHH抗体が新型コロナ感染症に対する治療薬となり得ることが明らかとなった。経鼻投与という新しい投与方法により、初期増殖部位の鼻咽頭、口腔そして肺へ直接治療薬を届け、効率良く治療することができるようになる。さらに、感染前にVHH抗体を経鼻投与しておくことで、症状の緩和やウイルス増殖の抑制がみられたことから、治療薬だけでなく予防薬としての新しい使い方の可能性も示された」(同社)