資生堂は、真皮の毛細血管の外側に接着しているペリサイトが毛細血管のループ構造上から表皮側に移動し、表皮幹細胞様に変化することで表皮の再生を促している可能性を世界で初めて発見した。また、加齢に伴って表皮に向かって伸びる毛細血管のループ構造の方向にばらつきが生じ、毛細血管と表皮の距離が離れてしまうことを見出した。
このメカニズムを検証した結果、表皮から放出されるネトリン-1（Netrin-1）が加齢で異常に増加し、毛細血管ループの頂上に発現するネトリン-1の受容体（UNC5B）と反発することにより、表皮と毛細血管の距離を遠ざけていることが明らかとなった。
これにより、加齢した皮膚では、毛細血管からのペリサイトの移動が阻害され、表皮幹細胞の供給が減少してしまうと考えられる。さらに、本柚子果実抽出液にネトリン-1の発現を抑制する効果を見出した。これらの成果の一部は12月に開催される「第47回日本研究皮膚科学会」「第30回日本血管生物医学会」にて発表を予定している。
同社はこれまで20年以上にわたり、皮膚の毛細血管が真皮の恒常性を維持する分子メカニズムについて研究し、健康な毛細血管が肌のシワ、たるみの抑制や肌の弾力維持に寄与する可能性を見出してきた。毛細血管は真皮に存在するため、これまでは肌表面の美しさを担う表皮に対して毛細血管の関与は少ないと考えられてきた。
しかし、毛細血管と表皮細胞の位置関係を詳細に観察した結果、表皮側に伸びるように存在している真皮の毛細血管のループ構造が予想以上に表皮の近傍に存在しており、毛細血管が間接的に表皮の恒常性までもコントロールしている可能性が考えられた。血管には全身の各臓器において幹細胞の居場所（ニッチ）を形成し、組織再生を促す機能が知られていることから、今回、真皮の毛細血管には表皮幹細胞を維持する機能があるという仮説を立て、同社独自で最先端の可視化技術・分子生物学的アプローチから検証を行った。
皮膚などの組織を透明化し、特定構造を3次元的に可視化する独自の技術を用いて、皮膚の毛細血管網と表皮幹細胞の位置関係を観察した結果、表皮直下に特徴的に存在する毛細血管のループ構造の最上部付近には、表皮幹細胞がキャップを被せるように存在していることを発見した。さらに単一の毛細血管ループについて、血管・表皮幹細胞・基底膜を染色し詳細な観察を行ったところ、毛細血管に接着するペリサイトと表皮幹細胞の両方に架橋するように存在する細胞を発見した。この現象から、真皮側の毛細血管ループに接着しているペリサイトが剥離し、表皮幹細胞として表皮側に供給されている可能性が考えられた。
この現象におけるペリサイトの機能を検証するため、ペリサイトに特異的に発現する細胞表面蛋白質を指標として、FACS（Fluorescence-Activated Cell Sorting）技術により、皮膚からペリサイトのみを単離して、表皮細胞を培養する条件下で培養したところ、表皮細胞に特徴的なp63やケラチン5の遺伝子発現がペリサイトで上昇し、ペリサイトが表皮細胞様に分化することを見出した。
これらの結果から、真皮の毛細血管ループから供給されたペリサイトが表皮幹細胞として機能し、表皮細胞の維持に寄与している可能性を世界で初めて発見した。次に、加齢による毛細血管ループ構造の変化の観察を試みた。
同社の皮膚透明化技術によって3次元的な解析を行った結果、若齢皮膚では毛細血管のループが表皮の方向に向かって整然と並ぶのに対し、老齢皮膚ではその方向性にばらつきが生じ、表皮と毛細血管の距離が離れてしまうことがわかった。老化によってこの現象が起こるメカニズムを分子レベルで解明するため、毛細血管に影響を与えると考えられる因子として、細胞遊走（移動）を抑制する機能が知られているネトリン-1の発現量を確認した結果、加齢とともに表皮でネトリン-1の発現が増加することがわかった。次に、ネトリン-1の受容体として知られており、互いに反発作用のあるUNC5Bの発現について解析した結果、UNC5Bは毛細血管ループの頂上に発現していることを発見した。
つまり、通常の皮膚では表皮から放出されるネトリン-1が毛細血管ループの頂上に発現しているUNC5Bに作用し、反発することで毛細血管が表皮に侵入しないように働いており、適切な距離を保つことができると考えられた。しかしながら、老化した皮膚ではネトリン-1が異常に産生されることで、毛細血管が表皮から必要以上に遠ざかってしまい、毛細血管から表皮へペリサイトを受け渡す能力が低下した結果、表皮幹細胞が減少すると考えられた。
さらに同社は、ネトリン-1を抑制する成分を探索したところ、本柚子果実抽出液にネトリン-1の発現抑制効果を見出した。同抽出液により、ネトリン-1の過剰な発現が適切に抑制され、毛細血管と表皮の距離が維持されることから、毛細血管からの表皮幹細胞の受け渡しが正常化することが期待される。
