第8回 「経営統合のねらい」(マツモトキヨシホールディングス 松本南海雄会長)

【週刊粧業2020年1月13日号11面にて掲載】

 マツモトキヨシホールディングスとココカラファインの経営統合に関する記者会見で、ココカラファインの塚本厚志社長は私の質問に対して次のように答えている。

 「経営統合の相手先として最終的にマツモトキヨシホールディングスを選ばれた最も大きな理由は何ですか」

 「マツモトキヨシさんの優れた社風と商品開発力が決断の決め手になりました。医薬品、化粧品を主力とするドラッグストアを展開していることも共通しています。今後は両社力を合わせて新しい時代に対応するドラッグストアづくりに邁進する覚悟です」

 松本南海雄会長は私と同じく、太平洋戦争終盤の昭和18年(1943年)生まれで、当時日本軍は南方戦線でまだ攻勢を掛けていた。父であり、松戸市長も務めた松本清氏がこの次男に「南海の英雄になれ」と南海雄と名付けたという。

 松本会長は日大薬学部を1965年に卒業してマツモトキヨシに入社している。前号に掲載したライフコーポレーションの清水信次会長と共に私が最も長く取材させてもらった経営者の一人だ。

 前述の記者会見で松本会長はマツモトキヨシの今後の方向性について次のように語る。

 「最近では、食品の構成比を高めたディスカウント型ドラッグストアも勢いがありますが、我々がめざすのはあくまで、医薬品、化粧品を主力とする専門性の高いドラッグストアです。こうしたドラッグストアで日本一をめざすことが今回の経営統合の最も大きなねらいです」

 マツモトキヨシが飛躍するきっかけとなったのが、1987年に上野 アメ横に初めて都心型のドラッグストアを開設したことである。ワンフロアが狭い1、2階のその店は、間口を広く開け、階段にも商品を並べてお客を上まで巧みに誘導した。その後、渋谷、池袋、銀座など都心立地に次々と出店してマツモトキヨシの知名度を一気に上げた。

 また1996年にはテレビコマーシャルも放映するなどで億単位の宣伝費を掛け、知名度を全国的なものにした。このお蔭でドラッグストアという名称が社会に認知されるようになった。

 「父がいつも言っていたように、『目立つところに金を使え』です(笑い)」

 こうした店舗開発力、宣伝力に加えてマツモトキヨシのもう一つの特徴は商品開発力である。PB商品シリーズ「matsukiyo」のほか、オーガニックヘアケアの「アルジェラン」をはじめとするPBシリーズを次々と誕生させている。

 一方店舗運営では、全国を7つのエリアに分け、それぞれのエリアでシェア№1をめざしている。

 「これからも、それぞれのエリアの中で消費者に信頼されている有力企業にグループに入ってもらう考えです。その企業の特徴をさらに発揮してもらい、当社とノウハウを共有し、より存在感のある企業になってもらいます」

 ココカラファインが共鳴したのは、こうしたマツモトキヨシの社風であり、企業姿勢である。
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加藤英夫

週刊粧業 顧問(週刊粧業 流通ジャーナル 前会長)

私が週刊粧業の子会社「流通ジャーナル」に入社したのは今からちょうど50年前の昭和44年(1969年)6月だった。この間、国内はもちろんアメリカ・ヨーロッパ・アジアにも頻繁に足を運び、経営トップと膝を交えて語り合ってきた。これまでの国内外の小売経営トップとの交流の中で私なりに感じた彼らの経営に対する真摯な考え方やその生きざまを連載の形で紹介したい。

https://www.syogyo.jp/

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